たぶん、少し、違う。私たちは。
それは別に特別とか選ばれたとか、そういう、甘い意味じゃない。
私は特別なんていらなかったし、違うことよりも同じことの方が、ずっと素敵に思えた。

でも、分かっている。
同じことも、違うことと同じくらいに苦しいこと。
同じでも違っても、笑っていられる人たちがいること。
私たちは前者だった。
ふたりとも、苦しがってばかりだった。

「顔をあげろ」
ナルは私が落ちこんでいる時、いつもそう怒って、
「笑ってよ」
私はいつまでも不機嫌なナルに、そう言った。

そうじゃない。
そうじゃ、なかった。

ナルはずっとギターを弾いている。
私はナルに借りた、ヘッドホンで音楽を流している。
ナルの部屋は高校の音楽室の隣にある、倉庫みたいだと私はいつも思った。

夕方のナルの部屋は、オレンジ色のレイヤーを重ねたよう。
ミニアンプがこっちを見ている。
青いラベルのペットボトルはわずかな液体を残して、ラグの上に倒れていた。

私とナルに会話はない。
だけど放課後、私たちはこうしてよくふたりでナルの部屋にいた。
たぶん、こういうことを、普通の高校生はしない。
分かっているけれど、これが私たちの日常で、こうしている時が一番自然だった。
少なくとも、私は。

ナルの部屋にはあと、正方形に近い形をした机と、安っぽい黒の加湿器があった。
机の上には、学校で配られたプリントとギター譜とがごちゃまぜに、けれど四隅をそろえて垂直に積み上げられている。
私の前ではいつも不機嫌そうなナルの顔色が、その日は朝からずっとどこか違っているような気がしていた。

それでも私はこういう時、どうやって声をかければいいのかが分からない。
だからずっとハウジングに青いラインが入ったナルのヘッドホンで、ナルの好きな英語詞の曲を流していた。

叫んでいるばかりで、何を言っているのか、私には分からない。
けれど今はその煩さが心地よかった。
不安定なナルといる時の私はいつも不安定で、それなのに気が付けばいつも私はナルの隣にいた。

ナルもまた、中学生の時に作ったバンドのメンバーと集まる時以外は、自然と私の隣にいた。
一言二言、たとえば「入るよ」とか「帰るね」とか、そんな一方的な言葉を放った時ですらナルは不機嫌そうな顔で。
他は何の会話もない。

ナルとの会話は疲れるだけだった。
ナルもきっと、そう思っていたような気がするけれど、本当のことは分からない。
私はナル本人よりも、実体のない空想上のナルとばかり一緒にいたのだと気付いたのは、手遅れになってからのこと。

「たぶん、もう少し、本当のことを言えたなら。たぶん、もっとずっと、そばにいられたんだよ」
手で半分に破ったルーズリーフに、そんなことを書いて、ナルの机に入れた。
そんな私の文字の下には、ナルの、右上がりで少し女の子っぽい柔らかな字が続く。
「本当のことなんて、言ったら 負けだと思ってた。
誰にとか、そこまで考えられる余裕はなかった」

なんだかんだ、ずっと近くにいたのに。
馬鹿みたいだ。私は何もナルのことを知らない。

「ナル」

すんなりと出ない呼び名に戸惑いながら、帰宅部の下校ラッシュが過ぎた後のバス停にやってきたナルを見つめる。
振り返ったナルは私と同じように戸惑った顔をしていて、ああ、と気付く。
ねえ、とか、あのさ、とか。
私はいつからかずっと、そんな風にばかりナルを呼んでいた。

「これ」

差し出したイヤホンを、ナルは、困ったように受け取る。
耳に近づけたナルの目が大きく開いて、私を見た。

本当は、すごく嬉しかった。
ナルの部屋のラジオから流れた曲は、私の好きな曲で。
思わず「この曲好きなんだよね」とつぶやいた私に、譜面から目を上げて「わりと好き」と軽く答えたナル。

だから、すごく恥ずかしかった。
ナルのプレイヤーに、その曲がしっかり入っていたことも。
その曲を、ナルがライブハウスで演奏していたこと、も。
ナルが私の話を真面目に聞いていたなんて、私は、少しも思わなくて。

「いい歌詞だね。私、好きだよ」

自分のことを話すのは苦手だった。
中学、高校へと上がるにつれてその傾向は強くなっていく。
それは多分ナルも同じで、だからナルがバンドを組んでいることを知っている人は高校にはいないし、ライブに友達を誘ったりもしない。

ナルが私の好きな曲を演奏していたことを知ったのも、小中とずっと仲の良かった友達から「ルナの好きなバンドの曲だよね?」とメールが来たから。

「この、サビがすごい良くて。この一週間、ずっとこの曲ばっかり聴いてた」

ナルが言い出したことだ、けれど。
本当のナルは私に、YES以外の答えを求めていたのかもしれない。
友達に見せてもらった動画の中で、ナルは、必死に叫んでいた。
不機嫌そうな顔じゃなく、それはそれは、とても明るい顔で。力強い声で。

「歌詞の和訳、机に入れたのは?」
「私。よく歌詞だって分かったね」

答え合わせをするようなナルの言い方が、なんとなくおかしくて。
笑った私にナルの眉間のしわが、緩む。

「ナルが嫌でも、私はナルとこうして、また一緒に帰りたい。それだけ、言っておきたかったんだ」

息を吸った勢いにまかせて口から吐き出した本音に、私は顔が熱くなるのを感じながら、それでも目を逸らさない。

「俺は嫌なんて、一回も言ってない」
「え、言ったよ」
「言ってない。付き合ってもないのに俺の周辺をうろうろして、お前は一体何がしたいんだって言っただけ」

ナルはそれだけ言うと、宙に浮いているもう片方のイヤホンを自分の耳につけた。

「お前のイヤホン、音悪いな」

ナルの前髪が、私の額をかすめる。
パーソナルスペースが他の人よりも広い私たちは、お互いに死にそうな顔をしながら、それでも。

「ナルの、ヘッドホン貸して?」

へたくそな笑顔を作って、臆病な目を合わせた。

『N.star』※「ナルナ」後日談
2017.1.28---END.

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